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展示案内


「宮参り行列図」 「宮参り行列図」

2022年5月28日(土曜日)から7月18日(月曜日・祝)

企画展
「大名の冠(かん)・婚(こん)・葬(そう)・祭(さい)」

会場
蓬左文庫展示室
誕生や成長、成人、結婚、長寿を祝う行事や葬儀など、大名家の人々が人生の節目におこなった冠婚葬祭について、尾張徳川家の伝来品を中心に紹介します。

展示の詳細案内

 人は生まれてから生涯を終えるまでの間、誕生や成長、成人、結婚、長寿の祝いや葬儀といったさまざまな儀礼を経験します。これら通過儀礼は時代や身分・性別に よっても異なり、江戸時代の大名家においても同様に、数多くの通過儀礼が行われました。このなかには、家督相続後初めて将軍へ御目(おめ)見(み)えする、大名ならではの儀礼も含まれていました。
 本展覧会では、大名家において行われた冠婚葬祭などの儀礼を、尾張徳川家の伝来品を中心に紹介します。

花色地蔓葵紋付子持筋熨斗目
(はないろじつるあおいもんつきこもちすじのしめ)

花色地蔓葵紋付子持筋熨斗目

 尾張家三代綱誠(つななり)・四代吉通(よしみち)の幼児服で、唐草の蔓(つる)を葵紋に加えた蔓葵紋を付けた熨斗目(のしめ)です。胸部や背面につく太細二本の横縞は親子に見立てた「子持筋(こもちすじ)」と呼ぶ吉祥の意匠、裏地の紅も子孫の繁栄を願った意匠です。熨斗目は武家男性の礼装で、裃(かみしも)と共に用いた着物です。

徳川綱誠(尾張家3代)・吉通(同家4代)幼児服
江戸時代 17世紀
(展示期間:
2022年6月21日(火)から7月18日(月))

徳川直七郎(斉温)宮参り行列図 二巻の内
(とくがわなおしちろう(なりはる)みやまいりぎょうれつず)

徳川直七郎(斉温)宮参り行列図 二巻の内

 尾張家十一代斉温(なりはる)となった徳川直七郎(なおしちろう)は十一代将軍家斉(いえなり)の十九男として、文政2年(1819)に生まれました。この巻物には直七郎が7歳の時に行われたお宮参りの行列が描かれています。お宮参りは通常生後一年以内に行われる習わしですが、斉温は4歳で尾張家の養子となった後、7歳でお宮参りを行いました。尾張家の江戸屋敷から赤坂の山王社(日枝神社)へ参詣し、帰りに江戸城本丸大奥へ立ち寄って、祝いの品々を贈られました。

江戸時代 19世紀

黒塗白糸威具足
(くろぬりしろいとおどしぐそく)

黒塗白糸威具足

 「具足(ぐそく)始め」もしくは「具足召初(めしぞめ)」は、武家の男の子が甲冑(具足)を初めて着ける行事です。本品は、尾張家三代綱誠(つななり)の具足始めに際し、父の二代光友から贈られた一領で、「代々様御譲」として、尾張家歴代の嗣子の具足始めに用いられました。子どもが着用するため小ぶりに作られています。十六代義宜(よしのり)が戊辰戦争参戦のため北越方面に出征した際にも、この甲冑を携えました。威糸の白と耳糸・菱縫などの紅とが慶事にふさわしく、華やかななかにも立派な武将として成長する願いが込められている様子がうかがわれます。

徳川綱誠(尾張家3代)・義宜(同家16代)所用
江戸時代 17世紀

徳川家光一字書出 徳川光義(光友)宛 寛永十年十二月廿九日
(とくがわいえみついちじかきだし とくがわみつよし(みつとも)あて)

徳川家光一字書出 徳川光義(光友)宛 寛永十年十二月廿九日

 尾張家二代光友は、寛永10年(1633)、9歳の時に江戸へ上り、12月29日に登城して元服の儀が行なわれ、三代将軍家光から「光」の一字(偏諱(へんき))を拝領しました。光友はこの時に光義(みつよし)と称し、寛文12年(1672)に光友と改名しました。大名にとって、将軍から一字を拝領することは至上の名誉であり、将軍から正式な跡取りであると認められたことを意味しました。徳川将軍の一字書出は幕末の十五代慶喜まで行われましたが、本品は現存最古級の一字書出にあたります。

江戸
寛永10年(1633)

鬢曽木鋏・小刀・銀泔坏・葵紋蒔絵泔坏台
(びんそぎばさみ・こがたな・ぎんゆするつき・あおいもんまきえゆするつきだい)

鬢曽木鋏・小刀・銀泔坏・葵紋蒔絵泔坏台

 皇女や公家、高位の大名の女性が16歳の6月16日に行う儀礼に鬢曽木(びんそぎ)があります。それまで長くのばしていた鬢(びん)(耳前の髪の毛)の先を切りそろえる儀式で、切るという言葉を忌(い)み「そぐ」と呼ぶのが習わしです。碁盤の上に青石を置き、女の子は吉方を向いて青石を踏み、碁盤の上に立ち、父兄や許嫁(いいなずけ)に鬢を切ってもらいます。これらの道具一式は、二代光友の正室・千代姫が用いたと考えられ、尾張家初代義直からの求めに応じて公家の二条康道(やすみち)が贈った式次第の書付が添っています。

伝霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用
江戸時代 17世紀

純金花鳥図香盆飾り
(じゅんきんかちょうずこうぼんかざり)

純金花鳥図香盆飾り

 寛永16年(1639)に行われた千代姫の婚礼の際に尾張家へもたらされた調度の一部である純金製の香盆飾りで、香盆の芯に木が用いられている他は全て純金が使われています。阿古陀形香炉・炷空入(あこだがたこうろ・たきがらいれ)が附属しています。将軍家の姫君の道具にふさわしく、しっとりとした上品な輝きを失わない黄金の婚礼調度です。

重要文化財
霊仙院千代姫(尾張家2代光友正室)所用
江戸時代 寛永16年(1639)

福君江戸下向行列図
(さちぎみえどげこうぎょうれつず)

福君江戸下向行列図

 尾張家十一代斉温(なりはる)の継室(けいしつ)(後妻)として関白近衛家から嫁いだ福君(さちぎみ)(1820から40)が婚礼の行列を調えて、京より江戸へ下向する様子が描写されています。福君は17歳で、天保7年(1836)に斉温(なりはる)に嫁ぎました。盛大であったその行列は、当時木版に摺られて売り出され、はやり唄に唄われるほど評判となりました。両家の家格の高さを反映して、華美を尽した道具立てと712人からなる供揃えには、目を見張ります。

江戸時代 19世紀

徳川義直遺訓 徳川光友宛 二巻の内
(とくがわよしなおいくん とくがわみつともあて)

徳川義直遺訓 徳川光友宛 二巻の内

 初代義直は慶安3年(1650)5月7日に、江戸麴町(こうじまち)屋敷で51歳で歿しました。死の前年に再起不能を悟った義直は、翌年2月12日に嗣子光友と重臣に宛てて二通の遺言を認(したた)めました。本品は光友宛ての一通で、江戸の将軍に忠誠を尽くし、武の道を忘れてはいけない、家臣を大切にし、また家臣の振る舞いに注目すべきことなどをあげ、最後に、自身の才能におごり、他人をさげすまないようにと記しています。このほか家臣宛ての一通では、嗣子光友を守り立てることを命じています。

江戸時代 慶安3年(1650)

千代田之御表 日光御社参図 三枚続 楊洲周延画
(ちよだのおんおもて にっこうごしゃさんず)

千代田之御表 日光御社参図 三枚続 楊洲周延画

 日光社参は、将軍が日光東照宮に参詣する儀式で、将軍家主催の行事として盛大に行われました。日光社参は毎年の行事ではなく、「御神忌(ごしんき)」と呼んで江戸時代を通じて十数回行われた盛儀でした。江戸滞在の大名は将軍の行事に参加する義務があったため、尾張家も御三家の一員として、将軍に従って日光に赴きました。本品には、最高の礼服である束帯(そくたい)を身に着けた将軍が拝礼を済ませ、神前から退出する姿が表されています。

明治30年(1897)


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