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これまでの展示案内


【姫君のよそおい】【大名屋敷】

平成20年2月20日(水)から4月6日(日)
<終了しました>

姫君のよそおい

会場
蓬左文庫 展示室1

大名屋敷

会場
蓬左文庫 展示室2

展示の詳細案内

姫君のよそおい
江戸時代の武家社会では、上下関係を明確に示すために、厳格な服飾制度が敷かれていました。姫君の衣服も例外ではなく、季節や日時、年齢などにより、その装いは衣服・髪型にいたるまで、細かな決め事に左右されました。
こうした服飾にまつわる史料とともに、姫君たちの衣服や装身具、化粧道具など、その華麗なる世界を紹介します。
大名屋敷
城持ち大名の多くは、城内に設けた大規模な屋敷建築群に住み、また政務をおこなっていました。しかし天守などといった城の建築物同様、日本各地にあった大名屋敷は、明治維新を機に無用のものとなり、そのほとんどが破壊されました。
庭園も含めた大名のこの壮大な日常生活空間について今回、図面などを用いてご紹介します。

展示『源氏物語』の世界

展示『源氏物語』の世界

今年度から、特別展の期間をのぞく通常展示のなかで、『源氏物語』にまつわる写本をはじめ、絵画・書籍・工芸品など、その成立以来さまざまさかたちで享受されてきた『源氏物語』の世界を紹介していきます。

展示期間

  • 5月30日(水)から7月22日(日)
  • 7月25日(水)から9月30日(日)
  • 11月7日(水)から12月9日(日)
  • 平成20年1月4日(金)から2月17日(日)
  • 2月20日(水)から4月6日(日)
会場
展示室1でコーナー展示


【大名家の儀礼】【尾張藩士の世界-系図と分限帳-】

平成20年1月4日(金)から2月17日(日)
<終了しました>

大名家の儀礼

会場
蓬左文庫 展示室1

尾張藩士の世界-系図と分限帳-

会場
蓬左文庫 展示室2

展示の詳細案内

大名家の儀礼
江戸時代の大名家では、お正月や三月三日の<上巳>などの年中行事や臨時の行事、また誕生から亡くなるまでの間に行われる通過儀礼や大名家ならではの儀礼が行われていました。
これらの儀礼は、自身の幸福や子孫繁栄、武運の向上や国土領民の安泰などを祈るために行われました。
また平和な時代にあっては、将軍と大名や、大名と家臣との主従関係を確認する役割がありました。
尾張徳川家に伝えられた年中行事に使われた遺品や関連作品から、江戸時代の大名家の儀礼の一端を明らかにします。
尾張藩士の世界-系図と分限帳-
系図は家族の血縁関係をかきあらわしたものです。尾張藩士の家では、先祖の藩への功績が重視されて記されています。
他方、分限帳は、藩主のもとで役職や部隊に編成された藩士たちの名簿です。
蓬左文庫に所蔵された系図・分限帳から、藩士たちの血縁関係や役職を介したつながりをさぐります。

【絵手本・雛形-近世のイメージ・アーカイヴ-】【駿河御譲本】

平成19年11月7日(水)から12月9日(日)
<終了しました>

絵手本・雛形
-近世のイメージ・アーカイヴ-

会場
蓬左文庫 展示室1

駿河御譲本

会場
蓬左文庫 展示室2

展示の詳細案内

絵手本・雛形-近世のイメージ・アーカイヴ-
江戸時代、さまざまなテーマの図様を集めた絵手本・画譜類、また、雛形と呼ばれる図案集が盛んに享受されました。それらは、絵画や工芸品を製作する際の手本であると同時に、当時の日本で人々が共有していたイメージの蓄積(アーカイヴ)であったとも言えます。発想の源とも言うべき、絵手本・雛形の数々を紹介します。
駿河御譲本
大御所家康は駿府城にて生涯を閉じた際、彼が収集し手元に置いていた日本および東洋の貴重書は、遺産として彼の九男義直(尾張家)・十男頼宣(紀伊家)・十一男頼房(水戸家)へと分与されました。
これを「駿河御譲本」といいます。このうち尾張家に伝わり、現在の蓬左文庫の核となっているものについて、重要文化財を中心に公開します。

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秋季特別展「王朝美の精華・石山切ーかなと料紙の競演ー」

平成19年10月3日(水)から11月4日(日)
<終了しました>

秋季特別展「王朝美の精華・石山切
-かなと料紙の競演-」

会場
蓬左文庫 展示室1、2

展示の詳細案内

秋季特別展「王朝美の精華・石山切-かなと料紙の競演-」
「石山切」は平安時代・天永3年(1112)に催された、白河法皇の六十賀に際して調進されたと考えられている国宝『本願寺本三十六人家集』のうち、「貫之集」下・「伊勢集」の断簡です。昭和4年(1929)に分割されるに際し、本願寺がもとあった摂津の石山(現在の大阪城付近)にちなんで名付けられました。色調や文様・装飾を違えた数種類の紙を継ぎ合わせた「継紙」をはじめとする華麗極まりない料紙の美しさ、優美な連綿の仮名とがあいまって、十二世紀初頭における宮廷の人々の善美を尽くした世界がくり広げられています。「石山切」を中心に、王朝の美の真髄を探求します。さらに、三十六人の歌仙たちの姿についても取り上げます。

【江戸の中国趣味】【城と構造】

平成19年7月25日(水)から9月30日(日)
<終了しました>

江戸の中国趣味

会場
蓬左文庫 展示室1

城と構造

会場
蓬左文庫 展示室2

展示の詳細案内

江戸の中国趣味
中国の文化が日本に与えてきた影響の大きさは、はかり知れません。
もっとも身近な「異国」として、中国が近代以前の日本人の脳裏を離れることはありませんでした。
本展では、長い年月の間に日本文化に定着した正統派の中国文化に加え、江戸時代になってからもたらされ、ごく一部の人の間で愛好された「中国趣味」の世界を紹介します。
城と構造
戦国の世、日本各地の城で幾多の攻防戦がありました。やがて泰平の徳川の世となり、城は要塞から、日常的には「お城」として幕府・大名権力の視覚的象徴へと変化しました。しかし合戦を想定した守備の姿勢が城から失われたわけではありません。
この展覧会では、城絵図や写真パネル等を用い、現存する城に見る戦国の名残をご紹介します。

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【城下のお寺 相応寺】【絵図・書物にみる熱田の歴史と文化】

平成19年5月30日(水)から7月22日(日)
<終了しました>

城下のお寺 相応寺

会場
蓬左文庫 展示室1

絵図・書物にみる熱田の歴史と文化

会場
蓬左文庫 展示室2

展示の詳細案内

城下のお寺 相応寺
尾張徳川家初代徳川義直は、生母の相応院お亀の方が寛永十九年(1642)に亡くなると、城下に宝亀山相応寺を創建しました。
以後、尾張徳川家の子女らの位牌を祀る寺として信仰され、三千坪(約1ヘクタール)を越える境内に本堂や書院が建てられました。創建に際してお亀の方の住居であった駿河御殿が移築されたとの伝承があり、現存する書院の襖絵(名古屋市博物館蔵)は当時の豪華さをしのばせます。
徳川美術館、蓬左文庫、名古屋市博物館に残る相応寺ゆかりの作品を中心に、江戸時代の姿を見直します。
絵図・書物にみる熱田の歴史と文化
尾張熱田社(名古屋市熱田区)は、古代以来の有力神社であり、朝廷をはじめとして、広く崇敬を集めました。熱田社の門前町として始まった熱田の町は、戦国期には有数の港湾都市に成長しました。
慶長十五年(1610)の名古屋築城により、熱田の港から堀川を利用して名古屋へ物資が運ばれました。
また、東海道屈指の宿場町(宮の宿)としても繁栄しました。文化面でも熱田社関係者を中心に発展を遂げました。
主に、中世から江戸期までの熱田の歴史と文化に関する資料を、蓬左文庫の絵図・書物からご紹介します。

春季特別展「尾張の殿様物語」

平成19年4月11日(水)から5月27日(日)
<終了しました>

春季特別展「尾張の殿様物語」

会場
蓬左文庫 展示室1、2

展示の詳細案内

春季特別展「尾張の殿様物語」
繁栄を謳歌する都市、名古屋。その礎を築いた尾張徳川家初代の徳川義直が尾張へ封ぜられてから、本年でちょうど400年を迎えます。
家康の九男として生まれ、要衝の支配を任された義直は、御三家の筆頭大名となり徳川政権を支えました。以来、歴代の当主は徳川家の一員であり、要地を治める為政者であり、また巨大な家臣団の統率者であるという重い責任を担いながら、時代の変化に応じ、ときに迫る危機を乗り越え、連綿と「殿様」としての役割を果たし続けました。「殿様」はどうあることが求められ、どう実際に生きたのか。伝世の品と史料から明かされる真の人間像に迫ります。

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