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これまでの展示案内


「ひなのせかい」
「姫たちの絵本」

平成23年2月16日(水曜日)から4月3日(日曜日)
<終了しました>

「ひなのせかい」

会場
蓬左文庫 展示室1
徳川美術館で開催される「尾張徳川家の雛まつり」展にあわせて、蓬左文庫でもお雛様の展示をします。

「姫たちの絵本」

会場
蓬左文庫 展示室2
尾張徳川家の姫君たち愛蔵の絵本を紹介します。

展示の詳細案内

「ひなのせかい」
3月3日の桃の節供にちなんで、毎年徳川美術館の本館展示室で開催される「尾張徳川家の雛まつり」展にあわせて、蓬左文庫展示室でもお雛様の展示をします。
江戸時代の中頃、享保年間(1716から36)頃に登場した享保雛、明和年間(1794から72)頃に江戸十軒店の人形師原舟月がつくり始めたといわれている古今雛、さらに、尾張徳川家十九代の当主で、徳川美術館の創始者徳川義親が蒐集した郷土玩具の一つである素朴な土雛ほか、江戸時代から昭和に至るまでの町屋に伝えられた様々なお人形を紹介します。
「姫たちの絵本」
大名家の女性たちの蔵書を代表するのは、婚礼調度などにも含まれる装飾性に富んだ豪華な装幀の書物「調度本」「装飾本」「棚飾り本」です。中でも、お伽草子や物語の絵巻や絵本は、金泥で草花などが描かれた料紙に記された詞書きや極彩色のさし絵など、華やかな近世大名文化を象徴するもののひとつです。出版文化の発展により江戸時代の後期には、極彩色のさし絵入りの絵草紙が数多く出版され、人気の絵草紙は大名家の奥向きの蔵書にも加えられました。

「和歌の姿-詠歌の場-」
「尾張の神社-新春豆知識」

平成23年1月4日(火曜日)から2月13日(日曜日)
<終了しました>

「和歌の姿-詠歌の場-」

会場
蓬左文庫 展示室1
歌人が集まって詠んだ歌を披露する場が歌会です。代表的な和歌集とともに、歌会で用いられた調度などもあわせて紹介します。

「尾張の神社-新春豆知識」

会場
蓬左文庫 展示室2
熱田神宮を中心に、津島、一宮、国府宮など尾張地域の神社のあゆみを紹介します。

展示の詳細案内

「和歌の姿-詠歌の場」
和歌が詠まれ、発表されたのは、歌合(うたあわせ)や歌会(うたかい)という場でした。平安時代には、左右に分かれた歌人が和歌の優劣を競った歌合が盛んに催され、その後は和歌を持ち寄った歌会が催されました。和歌は懐紙や短冊などにしたためられ、その書式も整えられました。和歌の下書きである読草や清書された懐紙や短冊、和歌を集めた歌集や遊戯具として親しまれた歌がるたと、歌会に用いられた文台や硯箱などの道具を紹介します。
尾張の神社-新春豆知識-
現在、愛知県の尾張地域の神社で全国的にも有名なのは、名古屋市にある熱田神宮でしょう。いわゆる三種の神器のひとつで、古事記・日本書紀のヤマトタケル伝承でも有名な草薙剣を祭ってきた神社です。しかし神社の格というものは歴史上、その時々の政治権力との関係で転変してきました。「神宮」という、「神社」とは一線を画した特別な呼称も実は、王政復古を掲げた明治政府の意向によって付けられた最近のもので、江戸時代以前は尾張の他の神社同様、熱田「神社」でした。熱田神社は、奈良時代初めに編纂された日本初の公式歴史書『日本書紀』に尾張の神社として唯一、その由緒が記された神社です。
新春を迎え、人々の視線が神社に最も注がれるこの時期、尾張地域の神社のあゆみについての関連資料を、熱田神宮を中心にパネルを交えながら紹介します。

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念 「尾張徳川家の金銀調度」
「幕末情報学-「青窓紀聞」にみる長州征伐-」

平成22年11月10日(水曜日)から12月12日(日曜日)
<終了しました>

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館
75周年記念

「尾張徳川家の金銀調度」

会場
蓬左文庫 展示室1
三代将軍家光の娘千代姫(尾張徳川家二代光友夫人)の黄金の嫁入り道具など伝来の調度と、きらびやかな輝きをもつ金製・銀製の工芸品の数々を紹介します。

「源氏物語の世界」

会場
蓬左文庫 展示室2
源氏物語にまつわる絵画・書籍・工芸品など、成立以来、様々な形で享受されてきた『源氏物語』の世界を紹介します。

展示の詳細案内

尾張徳川家の金銀調度
  金や銀を用いた工芸品は、近世初期に鉱山開発が進み金銀の産出が増加したことで、多数が製作されました。しかし、これら工芸品の多くは、貴金属としての高い価値から時代を経るうちに鋳つぶされて、消費されてしまい、ほとんどが残されていません。尾張徳川家二代藩主夫人の千代姫は、日本一豪華な婚礼調度「初音の調度」(国宝)を携えてわずか二歳半で嫁入りしました。ほかにも多量の金銀調度類を持参し、一部が現存しています。この展覧会では、近世大名文化の至宝の一つである千代姫持参の金銀調度を全点公開します。加えて近代に至る、飲食器やさまざまな金銀工芸品をお目にかけます。造形や意匠、技術など奥深い魅力が秘められています。

源氏物語の世界
  蓬左文庫が所蔵する重要文化財「河内本源氏物語」、徳川美術館所蔵の国宝「源氏物語絵巻」、いずれも両館を代表する尾張徳川家伝来の名宝です。両館には、これにとどまらず写本や絵画作品の名品・優品はもちろん、「源氏物語」に題材をとった蒔絵調度、茶道具、香道具などの様々な品々が伝来しています。
  尾張徳川家にかぎらず、「源氏物語」は、大名道具を彩る代表的なテーマでありました。その代表が、『源氏物語』初音の帖にちなむ意匠をもつ国宝「初音の調度」です。本年は五年ぶりに一度の全七五件、全件公開の年にあたります。この機にあわせ、蓬左文庫の展示室では、同家伝来の品々を中心に、大名道具が語る「『源氏物語』の世界」をご紹介します。

展示の資料リスト:PDFファイル(167KB)


開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念 秋季特別展「尾張徳川家の名宝-里帰りの名品を含めて-」「本多平八郎姿絵屏風」

平成22年9月29日(水曜日)から11月7日(日曜日)
<終了しました>

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館
75周年記念 秋季特別展

「尾張徳川家の名宝-里帰りの名品を含めて-」

会場
蓬左文庫 展示室1・2
開府400年記念の年を迎え、徳川美術館と蓬左文庫にとって75周年記念の年でもあることから、尾張徳川家が旧蔵していた作品も借用して、徳川美術館・蓬左文庫名品展を開催します。

展示の詳細案内

  蓬左文庫は、 徳川御三家の一つで、その筆頭であった尾張徳川家の旧蔵書を中心に優れた和漢の古典籍を所蔵する公開文庫で、昭和10年に、東京の徳川家邸内に開館しました。昭和25年からは、現在地に移り、名古屋市によって運営されています。徳川家康の遺品として譲られた「駿河御譲本」三千冊を中核として、初代藩主義直が名古屋城二の丸御殿内に創設した“御文庫”の蔵書を受け継いでいます。
  一方、徳川美術館は 尾張徳川家に伝えられた、いわゆる大名道具を展示公開している美術館で昭和10年に開館しました。収蔵品は「駿府御分物」と呼ばれる徳川家康の遺品を中核として、歴代藩主や夫人たちの蒐集品、婚礼の際の持参品などで、その数一万数千件にも及んでいます。これらの中には、室町将軍家を始め、織田信長・豊臣秀吉ゆかりの品々も多く含まれています。
  本年は、徳川美術館と蓬左文庫が開館して75周年を迎えると同時に、徳川家康の9男で尾張徳川家初代となった義直が、名古屋を開府して400年にもあたります。 この記念すべき年にあたり、徳川美術館と蓬左文庫に収蔵される尾張徳川家の名宝に加え、売却されたり贈与されたり尾張徳川家の旧蔵品を里帰りして、国宝9件、重要文化財四46件を含む名品優品を、徳川美術館新館展示室・蓬左文庫展示室・美術館本館展示室とすべての展示室を用い、これまでにない規模で一挙に公開します。
  蓬左文庫の展示室では、重文「葉月物語絵巻」や重文「西行物語絵巻」などの絵巻、伝狩野山楽筆「四季花鳥図屏風」や円山応挙筆「鯉亀図風炉先屏風」をはじめとする江戸時代の絵画、重文 陳容筆「龍図」や「琴棋書画図」などの中国絵画、重文 伝藤原行成筆「重之集」や重文「河内本源氏物語」、重文「続日本紀」などの書籍、神仏画や写経などの宗教関係の作品、重文「紫地葵の葉文辻ケ花染羽織」をはじめとする徳川家康所用の染織、重文「長生殿蒔絵手箱」や「桐鳳凰蒔絵文台・硯箱」などの蒔絵の調度類、「駿河御譲本」や義直の蔵書のうち重文「太平聖恵方」や重文「高麗史節要」「内訓」など中国・朝鮮で出版された書物、尾張徳川家に伝えられた収蔵品のうち世界有数のコレクションとして知られる唐物漆器や唐墨を中心に展示します。

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念「大名古屋城展」
「金城温古録」より 大天守図

平成22年7月28日(水曜日)から9月26日(日曜日)
<終了しました>

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念
「大名古屋城展」

「尾張名古屋は城でもつ」といわれ、名古屋の象徴であった「名古屋城」。日本一の規模を誇った天守閣を要し、絢爛豪華な御殿とともに最大最強の要塞でもあった名古屋城の多方面にわたる魅力を紹介します。

展示の詳細案内

  平成22年(2010)は名古屋築城が開始されてちょうど400年目の節目にあたります。名古屋城は豊臣秀頼の大坂城を包囲する目的で、慶長15年(1610)閏2月に徳川家康により西国大名20家を動員する天下普請で工事が開始されました。本丸・二之丸など主要部を総石垣造りとし、鉄壁な防御を施した天下の名城として、慶長17年(1612)末頃に一応の完成をみたと考えられています。
  金鯱をいただいた天守は、高さでは後に建造される江戸城と徳川家再建の大坂城天守を下回ったものの、床面積では両城を凌ぎ、両天守が焼失した後は、昭和20年に空襲で焼失するまで、名実ともに日本最大の天守としてその威容を誇っていました。
  本丸は徳川将軍専用の宿所とされたことから、尾張徳川家歴代当主は二之丸御殿を居所としており、家臣は二之丸を「御城」と称していました。焼失を免れた本丸御殿障壁画や杉戸・天井画、徳川美術館に残る二之丸御殿障壁画の一部などから、絢爛豪華に彩られた御殿空間の姿を思い浮かべることができます。
  蓬左文庫展示室では、関ヶ原合戦後の徳川家による尾張領有・名古屋築城の過程と、城と城下町の関わりを中心に、徳川美術館展示室では、障壁画をはじめとする御殿の遺構や、庭園空間における文芸、城内に保管された尾張徳川家伝来の名品の数々を紹介すると同時に、尾張徳川家14代慶勝によって幕末に撮影された名古屋城の古写真より、往時の景観をしのびます。


【名古屋城普請丁場割之図】


【名古屋城普請丁場割之図(本丸部分)】


名古屋築城時に、普請手伝いを命じられた諸大名の持ち場図面。家康は豊臣恩顧の有力大名を中心に、自己負担による手伝いを命じます。天守台の石垣は、加藤清正が担当しています。


王者の華 牡丹

平成22年4月7日(水曜日)から5月23日(日曜日)
※徳川美術館は4月10日(土曜日)から開催
<終了しました>

開府400年
徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念
春季特別展 「王者の華 牡丹」

会場
蓬左文庫 展示室1・2
徳川園には、千株以上の牡丹が植えられ、東区の花として親しまれています。
新装オープン5周年を迎え、百花の王と呼ばれる牡丹の美術をたどります。

展示の詳細案内

春季特別展 「王者の華 牡丹」
豪華で美しい姿から「百花の王」とも呼ばれる牡丹は、中国をはじめ朝鮮・琉球、そして日本で古くから愛好されてきました。花を愛でるだけでなく、牡丹は富貴のシンボルとして、さまざまな美術工芸品に表されています。 中国では唐代にはすでに牡丹の観賞が盛んに行われ、牡丹の花を愛でる文化の成熟にともない、美術工芸品にもさまざまな牡丹・牡丹文様が表されてきました。牡丹の様々な種類を描き分け、花弁の一枚一枚まで繊細に描いた作品から「牡丹唐草」の文様まで、表現は多岐に渡っています。また、朝鮮・琉球でも、中国文化の影響をうけつつ、独自の美意識によって牡丹が表されてきました。日本でも、牡丹は中国への憧憬と結びつき、吉祥を表す重要な花として、あるいは神仏を荘厳するモチーフとして、各時代を通じて数多くの名品が生み出されました。獅子、孔雀、猫などのモチーフと組み合わされることにより、画題としても多様な展開をみせています。

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念「家康のまつり-名古屋東照宮祭礼-」
「張州雑志」より 橋弁慶車

平成22年5月26日(水曜日)から7月25日(日曜日)
<終了しました>

開府400年 徳川美術館・蓬左文庫開館75周年記念
「家康のまつり-名古屋東照宮祭礼-」

会場
蓬左文庫 展示室1・2
東照大権現徳川家康の命日にとり行われた、江戸時代における名古屋城下最大の祭、 東照宮祭礼の当時の姿を、開府400年を迎える今年、今に残る品々を集めて往時の姿を振り返ります。

展示の詳細案内

家康のまつり
名古屋は今年「開府四〇〇年」を迎えます。慶長15年(1610)、家康の命により名古屋城と城下町が新たに造営されて、信長の時代に、尾張の国の中心であった清須から、武士や町人、寺院までが集団移住しました。「清須越し」と呼ばれる大移転でした。その後、徳川幕府は体制を強固にし、城下町名古屋も江戸時代を通じて大きく発展しました。  名古屋の街が発展を始めた初代藩主義直の時代、家康は元和2年(1616)4月17日に75歳で病没しました。家康の遺骸は久能山に葬られ、後に日光東照宮に移されました。名古屋城内にも守護神として名古屋東照社(後に「宮」と改称)が元和5年(1619)創建されました。当社の祭礼は、「名古屋祭」と呼ばれて江戸時代の名古屋随一の祭礼となり、他国の祭礼と比較しても特色ある壮大な規模でした。ことにからくり人形を備えた山車の行列は、華やかで全国に誇る最高技術を備えていました。
明治維新と戦災によって名古屋東照宮と祭礼の賑わいは、大きく失われましたが、開府四百年の今年、今に残る品々を集めて往時の姿を振り返ります。

展示の資料リスト:PDFファイル(248KB)


【湯取車】

名古屋市東区筒井町の天王祭に引き出される湯取車は、江戸時代桑名町が東照宮祭に曳いていた山車。19世紀初頭、新調されたのを機に筒井町に譲られた。東照宮祭の山車は戦災ですべて消失したので、筒井町に残った湯取車が唯一その面影を伝えている。

上七間町が享保17年(1732)以来仕立てた寿老人の行列図。寿老人役がつけた面。

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